皆さん,チメロサールという物質を御存知でしょうか?チメロサールは水銀化合物で,日本で使用されている3種混合ワクチンや日本脳炎ワクチンなどに防腐剤として含まれています.現在の製造工程ではチメロサールを添加しない限りは,ワクチンの防腐を保証することは不可能です.

朝日新聞(2001年7月28日付け)および週刊文春(2001年10月11日付け)に,各種ワクチンに含まれているチメロサールが自閉症を引き起こすという記事が掲載されました.今回はこの記事の内容が妥当なのか否かを検証します.

そもそもこの問題は,英国のAndrew Wakefield医師(消化器専門医)が,ワクチン接種後に行動変化を生じ自閉症と診断された12例(うち4例の親は医師)を報告したことが発端でした(Lancet.1998:351:637-641).しかし,英国公衆衛生施設網(PHLS)のElizabeth Miller博士が自閉症を含む500人を対象に大規模な疫学調査をテムズ川北部地区で行ない,ワクチン接種後に自閉症の発症リスクが高まることはないと結論づけました(Lancet.1999:353:2026-2029).その後,米国カルフォルニア州でも大規模研究が実施され,自閉症の増加とワクチン接種には関係がないと結論づけられました(JAMA.2001:285:1183-1185).

ところが,2001年3月23日にチメロサールと自閉症に関する民事訴訟が米国テキサス州で起こりました.確かに米国で実施されている一連のワクチン接種を受けると米国環境庁(EPA)の有機水銀の基準を上まわってしまいます.米国議会ではDan Burton下院議員が米国医学研究所(IOM)の「ワクチンが自閉症を引き起こすという証拠はないと結論づけた」という報告書を片手に,「関連はないと言うんだな!!」と声を荒げ,この問題に火がつきました.DanBurton下院議員の孫はワクチン接種後まもなく自閉症と診断され,Burtonはワクチン接種が孫に自閉症を引き起こしたと信じており,孫の臨床経過を繰り返し引き合いに出したようです.

日本での状況はどうでしょうか?日本で使用されている3種混合ワクチンに
は0.01-0.0009mg/mlのチメロサールが含まれており,メーカーによって含有量が異なります.最も高濃度(0.01mg/ml)のチメロサールを含む3種混合ワクチンを体重8kgの小児に0.5ml接種した場合には,チメロサールの摂取量は0.6μg/kg/回に達し,接種当日だけ取り上げれば米国環境保護庁の0.1μg/kg/日という許容量を越えてしまいます.しかし,3種混合ワクチンの1期初回は3-8週間の間隔で 3回接種をすることになっており,毎日接種するわけではありません.最も短期間に3回の接種を済ませた場合でも,0.6×3μg/kg/3週間x3,すなわち0.02μg/kg/日にしかならず,最終的な摂取量は環境保護庁の基準をはるかに下回ることになります.当院ではチメロサール含有量が0.001mg/mlの3種混合ワクチンを採用しており,チメロサールの最終的な摂取量はさらに10分の1になり,環境保護庁の基準を越えることは決してありません.

現時点では,ワクチン液に含まれるチメロサールが自閉症を引き起こしたという医学的証拠はありません.

世界保健機構(WHO)は,「チメロサールによる副反応は軽度の皮膚過敏症の他には確認されていない.当面はチメロサールに替わる適当な保存剤は存在せず,その使用は不可避である.しかし,水銀製剤の使用を減少させるという公衆衛生上の見地に立ち,段階的にワクチン液へのチメロサールの使用を減少させていく.」という提言を発表しました.また,米国の家庭医アカデミー(AAFP),小児科医アカデミー(AAP),予防接種諮問委員会(ACIP),公衆衛生協会(PHS)は,「チメロサールが健康上の被害を生じたという証拠は今のところないが,水銀化合物への一般の関心は高いことから,チメロサール無添加ワクチンへの迅速な移行を求める」という政策への支持を発表しました.

今後,日本でもワクチン液からチメロサールが除かれる方向に進むでしょう.しかし,これはチメロサールがアレルギー反応を惹起する可能性があること,水銀化合物の摂取は可能な限り避けた方がよいという見地から出された方針であり,自閉症と全く無関係なのです.