体の中の鉄分は赤血球を造る時の大切な材料です.鉄分が不足すると赤血球を造れなくなって,鉄欠乏性貧血になってしまいます.赤血球は,臓器や組織に酸素を運ぶ重要な役目があります.貧血があると,全身に影響を及ぼします.乳児期後半はからだの成長が著しく鉄不足になりやすいので,鉄欠乏性貧血に注意が必要です.

健康な状態では,血中ヘモグロビン値は正常値で,貯蔵鉄,血清鉄,組織鉄ともに十分にあります.鉄欠乏性貧血の始まりでは,まず貯蔵鉄が減少し,「潜在性鉄欠乏症」になります.貯蔵鉄が消失すると血清鉄が減少し始め,「鉄欠乏症」になります.血清鉄がさらに減少すると血中ヘモグロビン値が低下し,「軽度から中等度の鉄欠乏性貧血」になります.鉄欠乏がさらに進行すると,血清鉄は著減し,組織鉄が減少し,血中ヘモグロビン値がさらに低下し,ついには「高度の鉄欠乏性貧血」になってしまいます.

世界保健機構(WHO)や有名な教科書である「ネルソン小児科学」では,血中ヘモグロビン値が11g/dL以下を「貧血」としています.乳幼児における貧血の頻度は,米国では約9%です.日本では,スクリーニング検査が実施された沖縄県で25-30%と報告されています.また,ネルソン小児科学では,貯蔵鉄の指標である血清フェリチンが12ng/mL以下を鉄欠乏症としています.

ネルソン小児科学には,「鉄欠乏は血液系以外にも全身に影響を及ぼす.乳幼児と青年における最も重大な有害作用は知的機能と運動機能の障害であり,貧血が発症する前や鉄欠乏の早期に起こる可能性がある.このような機能障害は,鉄剤による治療を行っても完全には回復しないおそれがあることが証明されており,予防が重要視されている.」と記載されています.日本では,1995年に発表された「離乳食の基本」に,「鉄が精神運動発達に必要である.」と書かれています.近年の研究では,精神運動発達を促す神経伝達物質の生成に鉄が関与することが明らかになっています.

日本における1995-2000年の1-6歳児の鉄摂取量は1日7-8mgでしたが,2001年以後は1日4-5mgで,減少傾向を示しています.日本では,かつては鉄分が豊富なレバーや鯨肉を子どもがよく食べていました.また,調理に使用する鍋,釜,包丁はほとんどが鉄製品で,調理器具から滲み出る鉄が食品中の鉄分濃度を高めていました.現在は,レバーや鯨肉をあまり食べなくなり,調理器具には鉄以外のものや鉄を他の材料で被覆したものが広く用いられるようになりました.このような様々な要因により,鉄の摂取量が減少しています.

離乳中期頃から体内の貯蔵鉄は減少し始め,生後9カ月頃には鉄欠乏が生じる可能性が示唆されています.欧米では,離乳食の指導として肉類の摂取や鉄強化食品の利用が推奨されています.一方,日本では,食べる回数,食べさせ方,食品の固さや大きさなどに力点が置かれ,さらに近年は食物アレルギーに関心が向き,離乳期の鉄摂取の重要性が十分に指導されていません.

よほど高度の貧血でない限り,見た目で貧血を判別することはできません.軽度から中等度の貧血は,採血をして検査をしないと診断ができません.生後9カ月前後の全ての乳児を対象に貧血のスクリーニング検査を実施すれば,貧血を発見することは可能です.しかし,このような検診体制はありません.当院では常時10-20名程度の乳幼児の鉄欠乏性貧血を治療していますが,全てが感染症やアレルギーの検査で偶然に発見されたものです.

離乳食の回数が増え,乳汁の摂取量が減少する離乳後期では,鉄が不足しないように赤身の魚や肉,レバーを摂取する,鉄強化のベビーフードを利用する,調理に育児用ミルクを使用するなどの工夫が必要です.

ご心配な方は当院に是非ご相談ください.必要に応じて,適切な検査,処方をします.