2018年1月,当院周辺ではA型およびB型インフルエンザが流行しています.A型が4割,B型が6割で,B型がやや多いようです.

インフルエンザは肺炎,中耳炎,関節炎,脳症など合併症の多い疾患です.これらの中で最も恐ろしいものは,インフルエンザ脳症です.インフルエンザ脳症はインフルエンザ経過中に急性発症する意識障害を主徴とする症候群で,発熱後1日以内にほとんどが発症します.幼児期に好発し,発症年齢は1歳が最多です.欧米では少なく,日本を含む東アジアで多いという特徴があります.痙攣,意識障害,精神症状などの神経症状が主ですが,呼吸器障害,凝固異常,多臓器不全を合併することがあります.病型として,急性壊死性脳症,ライ症候群,出血性ショック脳症症候群などに分類されます.予後は不良で,2000年頃は死亡率が30%,後遺症出現率が25%でした.2005年に厚生労働省研究班により「インフルエンザ脳症ガイドライン」が発表されその後普及したことにより,近年は死亡率が10%,後遺症出現率が25%になっています.インフルエンザ脳症は,脳炎でなく脳症です.病理学的には脳内にはウイルス抗原は認められず,炎症細胞の浸潤はありません.血管内皮細胞障害,血液脳関門の破綻,末梢血単核球の活性化が認められ,血漿成分の組織漏出や高度な脳浮腫が生じます.免疫学的には,血中IL-6,TNF,IL-10などの炎症性サイトカインが高く,全身のサイトカインストームすなわち免疫系の過剰反応が起きています.インフルエンザ脳症は単一疾患ではなく,多様な病態が含まれています.

当院は開設して20年になりますが,この間に3例のインフルエンザ脳症が発生しています.1例は死亡,2例は後遺症という転帰でした.インフルエンザ脳症は,決して珍しい疾患ではありません.交通事故と同様に,誰にでも起き得ます.

私は小児科医になって33年になりますが,今まで経験した症例で最も急激な経過で死亡したのはインフルエンザ脳症のなかの「出血性ショック脳症症候群」です.20数年前のある冬の日,私は新潟大学医学部附属病院小児科病棟の当直をしていました.午前2時頃に,病棟の電話が鳴りました.近隣の病院から「インフルエンザ脳症の患児がいるので引き受けて欲しい.」という依頼でした.前日の昼頃に発熱に気付き,その後数時間して1回目の痙攣,さらに数時間して2回目の痙攣とともに意識障害が発現,同時に呼吸不全も起こり,同院で気管チューブが挿入されました.大学病院への搬送中に心肺停止に陥り処置により蘇生しましたが,救急車の到着時には全身状態は極めて不良でした.直ぐに人工呼吸器につなぎ,治療を開始しようと思ったその瞬間でした.気管チューブから血が吹き出て来ました.腹部は紫色に膨れていました.肺出血と腹腔内出血でした.蘇生を試みましたが反応せず,死亡しました.前日昼頃の発熱から死亡までの全経過は10数時間でした.

過去3シーズンのインフルエンザの主な流行株は,2014/15シーズンはA/H3(分離株に占める割合:85%),2015/16シーズンはA/H1pdm09(48%),B/ビクトリア系統(18%),B/山形系統(23%),2016/17シーズンはA/H3(85%)でした.インフルエンザ脳症サーベイランスにおける報告数(型別%)は,2014/15シーズンは105例(A型79%,B型5%,不明16%),2015/16シーズンは223例(A型64%,B型29%,不明7%),2016/17シーズンは117例(A型81%,B型7%,不明12%)でした.A型によるインフルエンザ脳症が多いですが,B型による脳症も報告されています.

インフルエンザ脳症は急激な経過をとることが多く,発熱した時点で既に脳に何からかの病変が起きていて,脳障害とそれに伴う脳浮腫により数時間から半日後に中枢神経症状が顕在化すると考えられています.インフルエンザと診断されてイナビルやタミフルなどの抗インフルエンザ薬を服用しても,インフルエンザ脳症を100%防ぐことはできません.インフルエンザワクチンのインフルエンザ脳症に対する直接的な予防効果は証明されていません.インフルエンザに罹患する人は膨大な数にのぼりますが,インフルエンザ脳症の発生頻度は高くないため,疫学調査をすることは不可能です.しかし,インフルエンザに罹患しなければインフルエンザ脳症にはならないので,結局はインフルエンザワクチンの接種を受けておいた方がインフルエンザ脳症のリスクが低減されるということになります.