湿疹がよくならない,皮膚がいつもガサガサしている,皮膚の痒みがよくならない,という訴えで当院を受診するアトピー性皮膚炎のお子さんが数多くいます.アトピー性皮膚炎の治療がうまくいかない理由はいくつかありますが,そのうちの1つが「乳児湿疹」という病名の存在です.

海外では,アトピー性皮膚炎と湿疹を同義として使っています.日本で「乳児湿疹」と呼ばれている病態は,海外では乳児のアトピー性皮膚炎と呼ばれています.日本では,本来,アトピー性皮膚炎と診断されるべき乳児に「乳児湿疹」と説明することが多く,このような説明を受けた保護者は自分の子はアトピー性皮膚炎ではない,と理解してしまいます.これは医学的には正しくありません.アトピー性皮膚炎の診断基準を満たせば,アトピー性皮膚炎と診断し,その旨を保護者に説明しなければいけません.正しい診断や説明がなされない場合には,保護者はただの「乳児湿疹」だから大きくなればそのうちに治る,きちんと治療をしなくても大丈夫だ,と勘違いしてしまいます.その結果,湿疹は残り,時に悪化し,やがて食物アレルギーなどを獲得してしまいます.

日本では,アトピー性皮膚炎の診断は日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎ガイドラインに基づいて行われています.慢性反復性経過が診断定義の1つとされており,乳児では2カ月以上を慢性とすると定義されています.このため,乳児期に診断するためには2カ月以上待つ必要があります.一方,海外で用いられている診断基準には2カ月以上の慢性の経過という項目がないため,乳児期早期においても診断基準を満たせばアトピー性皮膚炎と診断することができます.

アトピー性皮膚炎は何歳でも発症し得ます.乳児期の発症月齢はまちまちですが,生後2-3カ月で発症することが多く,ワクチン接種で受診した際に気付かれます.保護者は皮膚が荒れていることに気付いていますが,多くの場合アトピー性皮膚炎だとは思っていません.診察すると顔,体幹,四肢などに湿疹があり,湿疹がない部位では乾燥肌が目立ちます.問診をすると,両親や同胞にアトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,気管支喘息などのアレルギー性疾患がしばしばあります.

皮膚が荒れて赤みがある場合には,その部位の皮膚には炎症があります.ステロイド外用剤の塗布を直ちに開始して湿疹を治さないといけません.湿疹がなく乾燥肌だけの場合には,保湿剤の塗布が必要になります.見ても触ってもいつも皮膚がツルツル,スベスベな状態にして,これを維持しないといけません.皮膚は外界からの異物の侵入を防ぐ重要なバリアです.湿疹や乾燥肌がある場合には,バリア機能は低下あるいは破綻してしまいます.口のまわりに付着した食べ物かす,掃除し切れずに床面に残った食べ物かす,ネコやイヌなどの皮屑などが抗原として皮膚を通過して体内に侵入し,I型アレルギーが成立してしまいます.これを経皮感作と呼びます.アトピー性皮膚炎の治療開始が遅れれば遅れるほど,経皮感作が起こる可能性が高くなり,将来のアレルギー性疾患の発症に繋がってしまいます.

生後2-3週頃から数カ月までの乳児では様々な湿疹や皮膚炎を生じやすく,総称として「乳児湿疹」と呼ばれています.「乳児湿疹」という言葉には,アトピー性皮膚炎,脂漏性皮膚炎,接触皮膚炎(よだれかぶれ,オムツかぶれ)などの皮膚疾患が含まれており,疾患名としては非常に曖昧なものです.しかし,一方で,「乳児湿疹」という診断名を告げられると,良く使われている言葉なのでなんとなく納得してしまいます.このなんとなく納得してしまうことが,治療開始の遅れや不十分な治療に繋がってしまいます.乳児ではアトピー性皮膚炎,脂漏性皮膚炎,接触皮膚炎などが混在して区別が難しい場合もあり,治療法も似ています.しかし,これらは厳密には別の疾患です.アトピー性皮膚炎があれば適切に診断し,その旨を説明する必要があります.

アトピー性皮膚炎の治療がうまくいかない理由としては,「乳児湿疹」という病名の存在のほかに,血中TARCを測定していないために病態把握がなされていない,finger-tip unit (FTU)を理解していないために外用剤の塗布量が不足している,適切なランクのステロイド外用剤が処方されていない,プロアクティブ療法を行っていない,2歳を過ぎたのにステロイド外用剤からプロトピック軟膏への切り替えが行われていない,などが挙げられます.

当院では,「乳児湿疹」という病名を用いていません.アトピー性皮膚炎と診断した場合には,その旨をきちんと説明しています.曖昧な病名を用いた場合には,保護者の疾患に対する理解が深まらず,治療を受ける動機が希薄になり,治療がうまく行かないからです.

アトピー性皮膚炎がある場合には,当院に是非ご相談ください.適切に診断,治療します.