クレヨンメーカー最大手のぺんてるが”はだいろ”という呼称を止めて,ペールオレンジ(pale orange)に変更した.この新聞記事を読んだ時,一瞬「えっ,なんで?」と思ったが,次の瞬間「肌の色はみんな違うもんな.白色,黒色,黄色.”はだいろ”って変だな.英語であのクレヨンの色をskincolorとは絶対言わないな.」と気付いた.ところが,JIS規格には”はだいろ”と定められているため,以後ぺんてるのクレヨンはJISが取得できないのだという.今まで慣例的に行われて来た事柄であっても,ふと視点を変えると全てが正しい訳ではない.乳幼児健診はどうだろう.現行の実施方法にはいろいろな問題が内包されていると思うが,いかがなものか?さしずめ,我々小児科医はぺんてるで,行政サイドはJIS規格なのだろうか?

昭和14年に愛育会と中央社会事業協会が「乳幼児一斉健康診断」を,昭和17年に「乳幼児体力向上指導要綱」に基づいて
1,2歳児の体力検査が開始された.第2次世界大戦の空白時代を経て,昭和23年から保健所を中心とする公的乳幼児健診が実施されるようになった.その後,昭和36年から3歳児健診が始まり,昭和44年から保健所だけでなく都道府県の委託した医療機関でも公費で健診を受けられるようになった.当初は低所得者のみに医療機関委託の健診が認められていたが,昭和48年に所得制限が撤廃され,これにより全ての乳児が3-6カ月,9-11カ月の計2回,健診を公費で受けられるようになった.昭和52年に1歳6カ月健診が追加され,現在に至っている.

出生数の動向を見てみると,昭和22年は第1次ベビーブームのため年間260万人で,その後漸減し,昭和32年には157万人になった.その後再び増加に転じ,昭和48年は第2次ベビーブームのため209万人に達した.
以後は減少の一途をたどり,平成8年には121万人まで落ち込んでいる.乳児死亡率に目をむけると,昭和22年は出生千対76.7だったが,昭和35年には30.7,昭和50年には10.0,平成8年には3.8まで減少した.医師数は昭和28年には9万人(人口10万対103.3人)だったが,平成8年には24万人(同191.4人)にまで増加した.小児科医の実数の把握は困難のため,日本小児科学会の会員数をみてみると,昭和11年には2835人だったが,昭和30年には3370人,昭和50年には6150人,平成9年には16274人にまで増加した.第2次世界大戦後間もない頃と現在を比較すると,出生数は概ね2分の1,乳児死亡率は20分の1,医師数は2.5倍,小児科医数は5倍になった.この間,乳児1人あたりの小児科医数は10倍になったということになる.

新潟県内における乳児健診の実施状況をみてみると,新潟市,長岡市では個別健診を1人当たり2回実施し集団健診を実施していないが,村上地区のように集団健診のみで個別健診を全く実施していないところもある他の多くの市町村では,個別健診が1回で集団健診も併せて実施している.なぜ,このような格差が生じているのだろうか?

「母子保健計画の策定について(平成8年5月1日付け,厚生省児童家庭局母子保健課長通知)」には,乳児健康診査(医療機関に委託して行う健康診査)すなわち個別健診は2回を基準とするように定められているが,市町村の実情に応じて適宜回数を設定するものとするという但し書きがついている.新潟市や長岡市の実施方法が全国的な基準で,ほかの市町村は但し書きを理由にこの基準に達していないということになる.

現行では,集団健診,個別健診ともに国,県,市町村が3分の1ずつを負担することになっているが,国から地方へ予算が下りる時には目的の決まった補助金として扱われている.集団健診をやめて個別健診に切り替えれば,国,県からの補助金も増えるかわりに市町村の予算も膨らんでしまうため,市町村は個別化を好まない.

平成11年度からは乳幼児健診にかかわる費用も一部一般財源化されるらしい.一般財源化されれば乳幼児健診の存在は地方交付税交付金の算定基準として扱われるが,交付税の実際の使途に制限がなくなり,市町村長の財政権により何に使ってもよいことになる.一般財源化については一連の地方分権の流れに沿うものなのだが,厚生省は乳児健診は既に地方の事業として定着していると言っている.現行のままで一般財源化されれば,新潟県内のほとんどの市町村で全国的基準に達していない現在の状況が,今後の乳幼児健診の予算を考えるスタートラインになってしまうし,市町村長の財政権により乳児健診そのものが削減される可能すらある.

乳児健診の対象月齢は適当だろうか?一般に,生後4カ月,7カ月,10カ月が神経学的発達のkeymonthとされている.ところが新潟県内では集団健診を生後3カ月,6カ月に実施している市町村が圧倒的に多い.何となく切れがいいからという理由でこれらの月齢が選択されて来たのだろうが,3カ月で首すわりが,6カ月でお座りができなくても必ずしも異常とは言えず,スクリーニングの時期としては不適当と言わざるを得ない.
もう1カ月遅い4カ月,7カ月でスクリーニングをした方が,異常を発見しやすい.どうも我々小児科医の常識が行政には伝わっていないようだ.

集団健診は多くの子どもが生まれ医師が少なかった時代には,効率よく異常を発見する方法として優れていたのだと思う.しかし,少ない子どもを育て上げなければ現代にはふさわしくない.実際,集団健診で先天奇形を発見しても,ほとんどの場合どこかで医療を受けている.医療が行き届いた今となっては,集団健診は従来のスクリーニングという役目を終えたと思う.

今後の乳幼児健診は,子育て支援,発育発達のチェック,疾病予防に力点が置かれるべきと思うし,その内容は当然きめ細かなものになる.マニュアル化された現行の集団健診では対応できるはずはなく,個別に行わなければその内容は貧しいものになってしまう.

前述したように小児科医の数は飛躍的に増加した.新潟県内のほとんどの子どもは,車で20分も走れば小児科医の診察を受けることができる.若い母親は市町村の枠など越えて小児科医の専門性を求めて行動している.乳幼児健診の役割は既に大きく変質してしまった.役割を終えた集団健診はやめにして,個別健診に切り換える時期が来ていると思う.
(1998年10月新潟県小児科医会報に掲載)